★前回のお話はこちらから
お空で待つ我が子の「早く~」の叫びと、龍神が連れてきた旦那様♡
婚約中に、子宮筋腫で人生初の全身麻酔の手術をした私。
そしてその後、運命の人との出会いから4年の年月を経て、六星占術で見て2人にとって一番運気のいいときに、無事結婚することができました!
ところがスピリチュアルカウンセラーの話によると、私が子宮筋腫になったのは自分たちのことばかり考えていたからで、向こうの世界では未来の我が子が「まだ~!?」と足をばたつかせていると…。
そして旦那さんは、なんと私が以前目撃した、あの龍が連れてきてくれたと言われたのでした。
↑
今回はこちらのお話の続きです。
* * * * * *
結婚してすぐに、私の妊娠が発覚しました。
すぐにお腹にやって来たこの子は、向こうの世界で「まだ~!?」と足をばたつかせていたあの子だったのでしょうか?
妊娠が分かってからその後、片側の卵巣が腫れているということが分かりました。
妊娠初期にはそうなることはあるみたいで、その後小さくなって、おさまってくれれば大丈夫なんだそうです。
でももし大きいままだったら、手術で取った方がいいとのこと。
その場合、安定期に入ったら下半身麻酔でお腹を切って開ける手術をして、卵巣は残して腫れてる余計な部分だけ取るとのことでした。
へっ?
お腹に赤ちゃんがいる状態で、腹切るの?
怖っ!!
意識ある中でお腹切られるのも初めてだし、なんてったってお腹には赤ちゃんがいるんだよね?
でも人生でやらなくちゃいけないことは、やらなくちゃいけない。
ということで、安定期に入り、手術のため入院することになりました。
そしたらね、妊婦さんだけがいる大部屋に、なんと私と全くおんなじ手術をした人がいたんです!
後からお友達の助産師さんに言ったら、お腹に赤ちゃんがいる状態でお腹を開ける卵巣の手術する人なんて、そんなに多くはないみたいで、驚いていました。
それなのに、おんなじ大部屋に2人もたまたまいるなんて。
後から思えば、天の計らい、応援だったなって思いますね。
そのおんなじ状況で手術をした妊婦さんが、自分の体験をいろいろ教えてくれました。
「意識はあるので、途中で上半身が寒くなってきたりするから、看護師さんに聞かれたらちゃんと寒いですって言った方がいいですよ。」
「上にあるライトに、反射してお腹開けてる部分が赤く映って、ちょっとだけ見えちゃうから、見たくないならそっちは見ない方がいいですよ。」
そんな感じでいろいろ教えてくれました。
お腹開けてるところが見えちゃうなんて怖っ!
でも私の場合は、事前にいろいろ知ってて、イメージできた方が安心できましたね。
それに時間もそんなに長くはなくて、この目の前にいるママは、普通に乗り越えられたみたいだし。
私も頑張れそう!
そんな天からの応援もあって、卵巣の手術もなんとか乗り越えられました。
これが私の人生で2回目の開腹手術です。
そしてその後、お腹の傷がくっつくまで、全部で2週間入院したのちに退院しました。
でもそれからしばらくして、切迫早産(早産になりそうな状態)になって、安静生活に。
お腹が張らないように薬は飲んでいましたが、それでもダメでまた入院することになりました。
入院前にちゃんと、産後に必要な赤ちゃんの服とかを、買って準備しておきました。
前に、いつもお世話になってるスピリチュアルカウンセラーのカエデさんに、子どもは上から男の子、数年あいて女の子が続けて2人の、全部で3人って言われてました。
だから男でも女でも使えるように、基本的に衣類は黄色いのにしておきました。
そして準備を整えた上で、入院生活に入りました。
その入院した大部屋で、またあの私にいろいろ教えてくれた妊婦さんと再会!
安定期におんなじ手術をしてるから、出産予定日も近いんだけど、またもや同じようにお互い切迫早産になってて一緒に入院生活を送るなんて、なんだかとってもご縁を感じましたね。
私より若い人だったから、だんだん自分の妹みたいな感覚になってきました。
その妊婦さんの他にも大部屋にはたくさんいて、その都度入れ替わりはあるけど、多いときには6人の妊婦さんがいるお部屋でした。
切迫早産って、赤ちゃんがまだ十分に発達してない早い段階で、お腹に張りがあったり、下に下がってきて、生まれそうになってる状態です。
だから入院中は、早産を抑える点滴を常に腕につなぎながら、必要なこと以外は動かないでベッドの上で安静に寝ていなくちゃいけないんです。
トイレに行ったり、食事のトレイ下げたり、シャワー浴びたり、ちょっと売店に行ったり、そういう生活に必要なことはお腹の様子を見ながらできるけど、基本的にはベッドの上です。
私の入院生活は出産して退院するまで、それから結局3ヶ月弱ずっと続きました。
意外に思う人もいるかもしれませんが、私にとっては本当に楽しい毎日でしたね。
年の近い女子たちが集まってワイワイやって、お見舞いでもらったお菓子とかみんなで分け合ったり。
看護師さんとかと話すのも楽しかったし、なんか女子の合宿みたいな感じでした。
後から思えば、あれは完璧主義でガチガチの真面目人間だった私が、勝手に仕事でいつもストレスいっぱい抱えてて「妊娠中くらい、少しリラックスして楽しく過ごしなよ~」って言われてた気がします。
実際に入院しているときも「神様から人生のお休みいただいた~♪」って、いっつも思っていました。
それだけ、仕事でもプライベートな生活でも、いつでも無意識に頑張りすぎてる私だったんですよね。
妊婦さんたちと笑って過ごした楽しい入院生活が過ぎて、いよいよ出産のときがやって来ました。
私がお世話になった病院の場合、お腹を既に2回切ってるから自然分娩はできなくて、必然的に帝王切開だったんだけど、立ち会い出産ができました。
赤ちゃんを取り出して胸のところに乗せるカンガルーケアのところまで、旦那さんが隣にいてくれました。
赤ちゃんと一緒に、三人で写真も撮っていただきましたよ。
そうして生まれてきたのが、わがやの長男、ホオズキ君です!
無事に生まれて嬉しかったけど、私は過去に2回開腹手術をしているから、内臓がどうしても癒着してくっついてるらしく、手術では赤ちゃんが出てきた後の癒着はがしの作業に、結構時間がかかりました。
麻酔が効いているから痛みはないんだけど、引っ張られる感覚は分かるし、ジョキジョキ切ってる感覚も分かります。
これがなんとも言いがたい、不快な感覚なんです!涙
しかも帝王切開の前に、午前中に昼寝しちゃってたから、目はらんらんと冴えてるし(ほんと昼寝しなきゃ良かった!)、本当に苦痛な長い時間でした。
看護師さんに「大丈夫?」と言って顔をのぞき込まれても、その当時の私は弱音を吐いたり、人に助けを求められない人間だったんです。
でも嘘でも決して「大丈夫です」と言える精神状態じゃなかったから、何も言えず看護師さんをただ見つめることしかできませんでした。
心理学を学んだ今あの当時を振り返ると、本当に生きづらい自分だったなぁと思います。
今の私だったら「大丈夫じゃないです!!」とか言って、なんだかんだ話し相手になってもらってるうちに、もっと楽に終わることができただろうなぁと思います。
そのときはひたすら耐えるしかなかったから、なんとか耐え抜いて無事に手術も終わりました。
産後すぐはお腹切ってて動けないから、赤ちゃんを預かっててもらえます。
でもある程度動けるようになると、お腹の傷をおさえながらも、自分で赤ちゃんのお世話をしなくちゃいけません。
傷はまだ痛いし、夜寝られなくて寝不足だったりするし、そんな中で助産師さんが「赤ちゃんですよ~♪」と笑顔で新生児ベッドを押してくるとね、本当に私の頭の中ではあの音楽が流れたんです。
スターウォーズの、ダースベイダーの音楽が!!
生まれたての新生児で本当にちっこいのに、眠ってる横顔のあの存在感ったらすごかった!!
私がまだ出産前に、既に出産したお母さんが、助産師さんが赤ちゃんを運んで来たのを見て「わー!いらな~い!」って言ったんですよ。
それを見て「この人、生まれてきた赤ちゃんに対して、なんてひどいこと言うの!」って思ってました。
でも実際に我が身になってみたら、いらないとは思わないけど「ほんと少し休ませてくれ…。」と思いましたね。
あのお母さんの気持ちが分かりました。
でも弱音吐けない私だったから、当然「もう少し赤ちゃん預かっててください」とは言えなかったけど。
初めての産後で、体も精神的にもボロボロで、シャワー浴びるとき姿見の鏡の前で泣きましたよ。
顔はひどくむくんでるし、お腹のでかい傷には透明テープが貼ってあって、傷があらわになってるし。
疲れ切った散々な自分の姿を見て、一人で悲しくて泣きました。
もちろんそんなことも、誰にも言えなかったけど…。
そんなこんなで、なんとか産後の2週間の入院生活を終えて、赤ちゃんのホオズキ君と一緒に退院しました。
家に帰ってこれから始まる赤ちゃんとの生活、一体どんな毎日になるのかな?
完璧主義で真面目すぎる性格の私の子育ては、その後勝手に大変な泥沼に、一人でズブズブとはまっていくのでした…。
★次のお話はこちら
完璧主義で自己犠牲が強く真面目な私の大変な子育てが始まる
コメント